10. New Moon
はやてと共に山中を歩いていた男は、地面に鼻先をこすりつけてキノコを探していたはやてがぴくりと耳を動かして首をもたげるのを見ると、眉を強く引き絞った。
「どうかしたのか?」
この山の生き物たちの頂点に君臨するのは、はやてたち白い獣である。また、山の権利書は男が持っており、人間世界の理においても他者の侵入は許されない状態だ。白い獣を脅かすものがあるとすれば密猟者以外には考えられない。男の表情の険しさはかつて密猟者との戦いで自らの左目を失った経験を思い起こしたがゆえである。
しかしはやては父親のそんな懸念を吹き飛ばすように一つ吠え、首を巡らせる仕草で背に乗るよう促した。
「何か起きたのか?危険な事態ではないようだが……」
男は不可解な状況に戸惑いつつも、慣れた動作ではやての背に跨がる。
父親がしっかりと首に掴まって膝を締めたのを確認すると、はやてはその素晴らしい脚力を存分に発揮し始めた。
あっという間に周囲の景色が流れていくのを隻眼に捉えながら、男は今の事態を目まぐるしく思索していた。
危険はないが、はやてが全速力で駆けるほどの理由とは一体何だろう。
どうやら目的地は群れの住処のある山頂であるようだ。群れに何かが起こったということか。
駆けながらはやてがおーんと長く吠えると、それに応えるように複数の遠吠えが聴こえてきた。
「みづきたちか。何だか、……嬉しそうな声だな」
ほかの仔らの声だと聞き分け、その喜色に気づいた父親は首を傾げた。
背の呟きを聞くと、はやては頷くような動作をする。
「良い報せなのか?」
はやては頷く代わりにぴょんと跳ね、背の男をひやりとさせた。
「おっと、あんまりはしゃがないでくれ。おまえの背中から振り落とされたらさすがに無傷ではいられないぞ」
まだまだ子どもっぽい仕草が抜けない仔に苦笑して、見た目には全く似ていない父親は仔の首にしがみつく腕を強くした。
はやてはひげをぴくぴくさせて反省の仕草を見せたが、それでも興奮を抑えきれない様子で、時折ぴょんぴょんと跳ねながら駆けていった。
continued.
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