images by NORI's!baby,baby! ... "unexpected visitors"
昨年のクリスマスに買ったツリーの二度目の出番がやってきた。
週の真ん中の祝日は良く晴れて、飾り付けには持ってこいの陽気である。家族三人がかりで飾り付けに勤しむリビングで、電話が鳴り出した。
愛娘を抱き上げてツリーの高いところに星の飾りを付ける作業をしていた男へ、
「オレ出るから」
と、低いところに金色のモールを巻き付ける作業をしていた青年は身軽に立ち上がった。
「はい、橘です」
「こんにちは。僕です」
受話器を耳に当てると、やや高めの少年らしさの残る声が応えた。
「あ、宏明くん。久しぶりだな」
声の主を知った青年が笑顔になる。電話の向こうの声も明るいトーンで応じてきた。
「ご無沙汰してます。皆さんお元気ですか?」
「ああ、お陰様で。そっちも変わりないか?」
「はい。相変わらずです」
「そりゃ良かった。あ、直江と変わろうか?」
青年の受け答えから電話の相手を知った男が、娘ごと近づいてくるのを片目に見て、青年は受話器の向こうに訊ねたが、少年は僅かに息を飲んでから少しトーンを下げて応えた。
「いえ、年末の忙しい時期ですし、家でもお仕事されてるんでしょう?
……あの、今度受験の下見で東京に行くんですが、明ちゃんに会いにお邪魔しても構いませんか?」
その僅かな間に少年と男との間に横たわる緊張を思い、青年は敢えて陽気に声を張り上げた。
「もちろん!折角こっち来るんなら、泊まってくよな?」
「いいんですか?」
少年の声には、遠慮がちな響きに純粋な喜びが混ざる。
「ああ。明も喜ぶ。あいつはお前のこと大好きだからな。ほら」
青年は男が抱っこして連れてきた娘に受話器を近づけた。
「明、宏明お兄ちゃんだぞ」
と言い聞かせると、子どもはすぐにその名前が誰のものかを思い出したらしい。小首を傾げ、
「ひーちゃ?」
甲高い子どもの声に電話の向こうの相手はすぐ反応した。
「メイちゃん?ひーちゃんだよ。今度遊びに行くからね」
「ひーちゃ!」
受話器から覚えのある声が聞こえてきて、幼い娘はとても嬉しそうな表情になった。それほど何度も接触があったわけではないのだが、両親に比べると歳の近い『おにいちゃん』のことを、彼女は会うたびにその後ろをずっと付いて回るほど大好きなのである。
「声覚えててくれたんだ。ありがとう」
電話の向こうの少年も嬉しそうだ。末っ子の彼にとっても、たまに会う子どもに懐かれることは楽しい経験なのである。
「ひーちゃ、ひーちゃ!」
受話器に向かって一生懸命に呼び掛ける娘を少し複雑な顔で見ていた男が、ひょいと片手を伸ばして受話器を自分の耳元に引き寄せた。
「もしもし、宏明?」
「あ、はい。ご無沙汰してます」
子どもと入れ替わりに聞こえてきた男の声に、少年の気配がやや緊張感を漂わせた。
「元気そうで良かった。今度こっちへ来るんだって?」
「はい」
「楽しみに待っているから。気をつけておいで」
「はい」
ゆっくりと紡がれる男の深い声音が少年のこわばりをほぐしたようだった。
「……直江、肩、力入ってるぞ」
受話器を置いた男の肩を、青年がぽんと叩く。
「そうですか?」
「でも、随分自然な感じになったよな」
飾り付けに戻りたい娘を床に下ろしてやった男の肩をぽんと叩くと、青年は何かを思い出すように苦笑した。
その視線の先で娘はツリーへと一目散に駆け戻り、早速新しい飾りを手に取っている。
同じ方向へ視線を遣りながら、男もまた苦笑した。
「最初が大変でしたからね……」
少年が初めてここへやってきたときのことを、二人とも鮮明に覚えていた。
彼の巻き起こした嵐は、まだ固まりきっていなかった二人の絆を大きく揺さぶったものの、雨降って地固まると言うように、結果的には二人をより強く結びつけることになった。
およそ二年前のことである。
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09/12/24