冬 華 祀 | |
上に上がると、赤い布の敷かれたその舞台上には既に同じような衣装に身を包んだ旅人たちが四人上って いて、下へ向かって花びらをまき散らしていた。 舞台から投げられた花びらを、下にいる人々はこぞって受け取ろうと手を伸ばしている。 よく見れば、彼らは皆、あの入れ物に花びらを入れているのだ。卵型の物入れを片手で差し出して受け取ろうと する一方で、もう片方の手も宙を舞う花びらを追いかける。 なるほど、と高耶は合点した。 この卵にはそういう意味があったのだ。おそらく自分が今から撒き散らそうとしているこの花びらは、何か縁起を かつぐものなのだろう。 『神孫』という呼び方から推して、自分たち旅人がこの花びらを撒くことで特別な意味が生まれるのだと思われた。 高耶は舞台の端に進み出て、左手に籠を持ち、右手を籠の中に突っ込んだ。 白、赤、薄紅、黄色…… 色も形もまちまちで、しっとりと湿ったそれらは、あらゆる種類の強烈な芳香を放っている。 手に掴んでぱっと放り投げれば、下の人々はわーっと声を上げて上を見上げる。 「恭 喜 恭 喜 !」 皆が高耶の扮する神秘的な巫女に喝采を送り、行幸祭はさらに盛り上がった。 掴んでは、宙に撒き散らす。 下では卵の入れ物にその縁起物を受け取ろうと人々がひしめき合う。 しかし決して奪い合いにはならず、皆が口々に「恭 喜 !(おめでとう)」と叫び合っている。 どの顔も楽しそうに笑い、それに接するうちに高耶にもそれが伝染し始めた。 心から祀に酔って、彼は薄布越しにもわかるほど楽しそうに笑い出す。 そうして全身から明るいオーラを放ち、花びらを撒いてゆく姿は本物の『神の御使い』のようだった。 彼が花びらを撒くたびに、ひときわ高い歓声が上がる。 「恭 喜 !」 叫ぶたびに人々が唱和する。 村長一家や舞台係の男が予言したとおり、今年の行幸祭は最高に盛り上がっていた。 そんな広場の熱狂を、見つめる男がある。 真青の長衣を纏い、銀色の飾りを身に帯びた長身の男。 茶色みの強いその頭が、群集からは抜きん出ていた。 彼は舞台上の巫女を見て、すぐに気づいたらしい。 熱いまなざしの中にも安堵の色を浮かべると、彼はただひたすらに相手の視線を待った。 ―――そして。 高耶はふと、色とりどりの群衆の中に、ふと引っかかる一点を見つけた。 色の洪水、人の洪水の中で、ただ一人、間違いようもない。 一目でわかる。あの男なら。 「直江っ……!」 今自分の胸にぶら下がっている卵と同じ、真青の衣を纏った、逞しい長身がそこにある。 認めると同時に、高耶は叫んでいた。 相手はずっと自分を見ていたらしい。すぐに目が合って、微笑んだ。 薄布越しではもどかしくて、高耶はベールをはねのけた。 露になった美貌にどよめく群集も、既に二人の中からは追い出されている。 舞台上と、地上とで、交わされる二対の視線。 高耶は舞台のぎりぎりの端まで歩いてゆくと、直江に向かって手を差し伸べた。 直江は微笑みを深くして、その真下までゆっくりと歩んでゆく。 彼の周りからは自然と人が掃けて、小さな円状の空間がぽかりと口を開けた。 高耶の目の前まで来て、直江は足を止める。 そうして、彼は黙って腕を広げた。 あたたかな微笑みと共に送られる熱いまなざしが、高耶の足を動かす。 彼は、泣きそうな顔をして下を見つめ、直江が肯くと、その顔に綺麗な笑みを浮かべた。 そうして、彼は空中に身を躍らせる。 愛しい男の強い腕の中へ向かって、巫女は赤い袴で舞台を蹴った。 一瞬、群集が息を飲んでその場には空白の時間が起こる。 そして、 巫女の体が青い衣の腕にしっかりと抱きとめられると、今度は一斉に歓声が上がり、そのうねりが街全体を 揺るがすほどの割れるような喜びを発した。 高耶と直江から放たれる喜びが、さらに人々の中へと伝染してゆく。 「恭 喜 恭 喜 ! 」 二人と群集の間で、それは伝播し増幅されて、街全体を包んだ。 再会して言葉も忘れ、きつく抱き合う二人の頭の上に、舞台から花びらが降り注いだ。
「―――メリークリスマス、高耶さん」 例年以上の盛り上がりをみせた行幸祭も終わり、祀は新たな演目に進んでいる。 広場からは少し離れたひっそりした場所へ移った二人の『神孫』は、そこでようやく言葉を交わし合った。 既に日はあらかた落ちて、火を焚いている広場から距離のあるこの辺りはかなり暗い。 周りの家々は家人が祀に出払っていて火の気もなく、辺りはまるで別世界のように静かだった。 「とんだクリスマスだったな。でも、最高のクリスマスかも」 青い長衣の袖に閉じ込められた赤い衣の巫女が、くすりと笑う。 「そうですね。あなたのこんな素敵な姿を拝めたのだから、迷子に仕向けた神様にも感謝しないと」 隈取りを施された目元に軽いキスを落として、直江も笑んだ。 普段は化粧などしない恋人である。それが今は、白粉をはたかれ、アイラインを引き、唇には朱を刷いている。 ぞくぞくするような神秘的な色気が、新鮮だった。 「……ばか。―――でもお前も青い色、似合ってるぜ」 少し赤くなって呟いた高耶を、直江はさらに懐深く引き寄せた。 「あなたの首から下がっている卵と同じ色ですね」 そうして間近から瞳を見つめながら、彼は相手の胸元の卵を手にとった。 「あぁ、これは世話になった村長さんが買ってくれたんだ。選んだのはオレだけど」 簡単に説明した高耶の顔がさらに赤くなったことに、直江は気づいている。 だから、問う。 「どうしてこの色にしたの?もっと色々な色で塗り分けられたものだってあったでしょう。 単色にしようと思ったにしても、どうしてこの色を?」 「……それは」 高耶はとうとう目を逸らしてしまった。選んだ事情にはもちろん経緯があるのだが、それを口にするのは恥ずかしい。 口ごもる彼に、直江は意地悪く拍車を掛けた。 「どうして教えてくれないの?それとも、言えないような理由があるんですか?」 顎をとらえて目を強引に合わせ、にっこりと微笑んでやる。 「……」 高耶は何と言ったらよいものかと困り果てている。 直江の瞳が細められた。 「教えてくれないと―――拗ねますよ?」 最終手段がこれだというあたり、二人の関係は面白い。 しかしそれは効果を挙げ、高耶はとうとう白旗を揚げた。 「……わかったよ。―――これは、その、似てると思ったから」 「似てる?」 「そう、お前に。店でずらっと並んでる卵を見てたら、これだけが目に留まった。お前に似てる」 高耶は目を逸らして早口にそう答えた。 「……海の色に似ていて、深くて底知れなくて、でも冷たくはなくて。だからお前だなって思―――」 最後まで言い終えないうちに、彼は求めていた存在にきつく抱きしめられた。 「寂しい思いをさせて本当にすみませんでした……」 直江は卵にまで自分を探していたという高耶の気持ちにたまらなくなった。 そんな状態に彼を置き去った自分がやるせなくて、腕が震える。 「―――昨日の夕方から、本当に長い長い一日でしたね。離れ離れの時間がこんなにもつらいなんて」 「……寒かった」 青い衣に皺が寄るほどきつく縋って、高耶がようやくの不安をこぼした。 「昨日の晩、一人ぼっちで借り物のベッドに寝て、すごく寒かった……」 「高耶さん」 「窓を開けて、直江がいないか探した。いなかったけど……でも、声が聞こえたんだ。オレの名前を呼んでる お前の声。 ―――だから、眠れた……」 「高耶さん……聴こえていたんですね、私の声が」 「聴こえたよ。聴こえないはずないだろ。オレの名前を呼ぶお前の声なんだから」 「高耶さん……」 「もっと呼んでくれよ。今度は肉声で聞けるんだから。聞きたい。聞かせて……」 「高耶さん」 高耶さん、愛していますよ―――と、髪に顔をうずめて囁く。何度も、何度も。 「直江……」 海の衣に縋りつく巫女の腕で、鈴がシャランと音をたてた。 「高耶さん……高耶……」 首筋に落ちた唇が、耳飾りにちりばめられた鈴にも口づける。 シャラン、シャラン―――と、幾多の音色がこぼれては夜闇にとけてゆく。 聖夜を静かに彩る、澄んだ音色は、とどまらず繰り返された。 ―――借り物の衣装なんだから、皺にするなよ? ―――舞台から飛び降りたときに十分皺だらけになったと思いますけどね? ―――知るか。手ぇ広げたのお前だろ。 ―――招いたのはあなたですよ。 ―――……。 ―――ね? ―――……ああもう、うるせぇ!つべこべ言わずに帰るぞ! ―――はいはい、わかりました。―――さぁどうぞ、巫女様。抱いて行って差し上げましょう。 ―――自分で歩ける! ―――いいから。あなたの重みを確かめさせてください。 ―――……重いぞ。体重かけるぞ。 ―――構いませんよ。さ、大人しくして。 ―――……ほら、重いだろ。下ろせよ。 ―――重くなんかない。……いいえ、これがあなたの命の確かな重みなんですね。 ……よかった、聖夜の見せた幻じゃなくて…… ―――オレはちゃんとここにいるよ。……ほれ見ろ! ―――痛た……高耶さん、髪引っぱるのはやめてください…… ―――な、本物だろ? ―――ええ確かに。 ―――あれ?お前、頭に何か乗っかってるぞ?……あぁ、花びらだ。あ、ここにも。 ―――あぁ、さっきのですね。手を伸ばして取ろうとはしなかったのに、頭に引っかかってましたか。 ―――……なんかお前ってさ、その気が無くても幸運を掴み取ってるよな。 ―――そうですよ。私にはあなたという幸運の巫女がついていますからね。 ―――……ばぁか。
帰国した二人の家には、一つ宝物が増えた。 再会の花びらをおさめた青い卵が、今夜も出窓で月の光を受けている―――。
はい、最後のページだけ異様に長いですな(笑) 最後までおつきあいくださってありがとうございましたvv
最後に、おことわりを。話の中で使った中国語は辞書と首っぴきで捻り出したブツです。きっと生きた中国語からは程遠いはずです。どうぞ軽く流してやってくださいませ。すみません……。
(中国語の教科書を貸してくれたYちゃん、ありがとう!……ってここで言っても気づかないね。笑)
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