海よりも蒼く、空よりも藍いブルー
海の皇の手のひらには、丸い小さな水晶が舞い落ちる。 毎晩、毎晩、いくつも、いくつも、ふわりふわりと降ってくる。 深い藍色の水の中を、この世で最も美しい宝石が、降り積もる――― 『人の子の涙は、こんなにも澄んだ美しい石になるのですね』 あとからあとから舞い落ちる丸い粒は、海の皇の手のひらに触れると、輝く真珠になった。 降り積もる真珠はやがて皇の手のひらから溢れ落ち、静かに床へと落ちてゆく。 ころり、ころり。 床の上を転がりながら、純白の真珠は海の皇の居城を埋めてゆく。 『あのとき、もしもあれのために百万の涙を流す者があれば―――と、おっしゃいましたね、皇よ』 いまだ無言でいる海の皇へ、良く似た面差しの若い人魚が言葉を続けた。 『この宮を一面に覆い尽くすほどの想いがあれのために生み出されたならば、と』 彼は父である海の皇へ向かい、穏やかで温かな言葉を紡いでゆく。 『皇よ、ご覧ください。もう、この部屋の床は一杯になりました。あれのために生み出された真珠は、ほどなく城中を覆い尽くすでしょう』 人の子の涙は、やがて、とうとう海の宮を覆い尽くした。 海の皇は深いため息をつくと、宮を覆い尽くした真珠を呼び集め、手のひらの上で一振りの短剣と成した。 『我が胸を貫き、かつて生みし言霊を無きものとせよ』 そう唱え、皇は短剣を自らの胸へゆっくりと突き立てた。 純白の剣は血を流さない。ただ音も苦痛も無く静かに皇が胸へと入り込んでゆく。 そして、白い剣は俄かに黒く染まった。 皇が胸へ秘められた呪いの言霊が剣を染め上げたのである。 そして剣は皇の手により引き抜かれ、粉々に消し絶やされた。 この夜が明けたなら、少年は知るだろう。 彼が流し続けた百万の涙が、海から来た人魚をようやく解放することを。 少年は知るだろう。 人魚がその唇で紡ぎ出す最初の言葉を。 ありがとうではなく、 ごめんなさいでもなく、 たった五文字の、無限の想い。 そしていつまでも、その言葉は紡ぎ続けられるのだ。 海から来た人魚の瞳は琥珀
海へ身を投げた少年の涙は真珠 そして、二つの心を結びつけたのは、 海よりも蒼く、空よりも藍いブルー 海から来た人魚は、 そして生まれて初めての言の葉を紡ぐ――― |
2004/04/22