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義明さんの普段着な一日。
食後、寝室のワードローブの前に、直江は佇んでいた。
「さぁてと。どうしようかな〜」
嬉しそうでわくわく状態の高耶とは逆に、直江ははらはらどきどきだ。
無論、高耶のコーディネートというシチュエーション自体はそれはそれは嬉しい話なのだが、相手はどうも自分に夢を見すぎているような気がするのである。(←自分のことは棚に上げる直江だった)
あーんな服や、こーんな服を着せられたらどうしよう、と悩む彼なのだった。
家の中で着るだけならまだしも、もしそんな為りで出かけようなどとでも言われた日には……。
「なぁ、直江、こんなのどう?」
半ば天を仰いでいると、当の高耶からお声がかかった。
彼が手にしているものは……
「な、何ですか、それは」
麻か何か、少しごわっとしていて、通気性の良さそうな布地でできた、立て襟から踝までの長さの冠頭衣チックな長衣だった。
ノースリーブでないだけ、まだましと言えないこともなかったが、奇天烈さは否めない。
「この間、アジアンショップで買ったんだ。どこの国のだったかな……ベトナムだっけ。たぶん」
少し首を傾げて記憶をたどる風の高耶だ。
「いや、そういうことを聞いているではなくて……
なぜこんな変わった服を?」
問うと、
「だってお前に似合いそうだったんだもん。背丈あるし、いい体してるし。
これ薄手だからけっこう体の線がものを言うんだよな〜。その点、お前ならばっちりだろ」
語尾にハートマークでも付きそうだ。
自分を買ってくれるのは非常に嬉しいのだが、しかし……
「……これは、『普段着』ですか?」
「え〜そうだろ?薄いし楽だし、通気性もいいし。これからの季節、いいと思うけどな〜」
「はあ……」
それはそれでも、なぜにアジアン長衣?
直江の不思議がりようもそうおかしくはないだろう。だが、相手はそんな彼の戸惑いには全く頓着する様子がなく、
「とりあえず着てみろよ」
さっそくにも着せてみようと襟を開け始めた。
「はい……」
こうなれば、なすがまま。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
さて、アジアンな長衣のご感想は、というと。
「何だか足が気になるんですが……」
踝まである長衣だ。中にはズボンを穿かないので、足もとがすーすーするのである。
が、高耶はそんなことには構ってくれない。
何を着てもさまになる恋人に見とれて、
「やっぱ、似合うよなぁ。かっこいいぜ……」
笑顔がとろけそうだ。
それを見られただけでも役得というものだが、直江は言わなければならなかった。
「非常に嬉しいお言葉なんですが……普通の普段着もあててみてくださいますか」
「え〜」
相手は当然といえば当然だが、機嫌を損ねてしまった。
「何だよ、オレの選んだものが気に入らないってのかよ。
直江のバカッ!」
拗ねモードに入ってしまった恋人に、慌てて取り成す。
「違います高耶さん!そういう意味じゃないんです!」
直江は床に膝をつき、ベッドにどかっと腰を下ろして横を向いてしまった彼の肩をつかんで、申し立てた。
「あなたが選んでくださったものに異議を唱えるなんてまさかです。
ただ、今回は皆さんのインタビュー結果に基づいてやることになっているので、どうしてもそれだけはやらなきゃならないんです !!」
ぎゅーっと抱きしめて訴えると、相手は少し機嫌を直したらしい。
しょうがないな、とばかりに小さくため息をついて、呟いた。
「キスして」
「は?」
またもや幻聴を疑ってしまった直江である。
「どうしたんです?」
抱擁を解いて相手の顔を見ようとすると、
「何でもいいからっ。キスしろよ」
少しだけ赤くなっている。視線を泳がせているのは、照れているらしい。
何とも可愛くて、直江は相手を腕に抱きこんだ。
「う」
きつ、と抗議しようとして上を向いたところを奪う。
最初は軽く触れるだけ。
何度かついばむように触れていると、相手はほやっととろけた。無防備に体を傾けてくるところを、今度は舌で割り込む。
そこまで望んでいたわけではなかったらしく、逃げようと体をよじる相手だったが、そこで放す直江ではない。
「う〜」
どかどかっ、と背中を叩いてくるのも、ものともせずに、たちまち陥落させてしまった。
高耶はろくに思考することもできない様子で、くたりと力を抜いている。
まさに、どうにでもして状態。
腰に手を回してエプロンの紐をほどきにかかったとき、
「っ」
はっと相手が正気にかえった。
「な、何だこの手は !? 」
ずざざざざっ、と横へ飛び退って、背中の紐を押さえながら叫ぶ。
「何って、ほどこうとしたんですが?」
しれっと言ってのけた直江に、
「ばっかやろ !!
お前がオレを脱がせてどーすんだよ!今日はお前を着せ替えるんだ!」
真っ赤になって怒鳴る相手に、直江ははぁ、とため息をはいた。
「誘ったのはあなたでしょうが。どうしてまたあんなこと?」
どうやらここは突かれたくないところだったらしい。高耶はたちまち困惑して、
「あれはっ……」
何かいい言い逃れ方法はないものかと視線を彷徨わせる。
「何です?」
間髪をいれずに突っ込むと、諦めたらしい。
「……だって。
お前を他人に見せるのがやだったんだもん。お前はオレだけのだ」
どうやら嫉妬してくれていたらしい。
「たったかやさん !!」
直江、感動。
「わかった!わかったから抱きつくな!とにかく今は着せ替えの続きを済ませるんだ!」
「……高耶さん、髪を引っぱるのはやめてください……」
「だったら離れろっ」
そうして、二人は出かけた。
無論、直江のための普段着を見繕いに出たのである。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
「で、結局どういうことになるんですか?」
帰宅後、夕方の光が差し込む寝室のベッドの上に並べられた服の山に天を仰ぎながら、直江が呟いた。
高耶はクローゼットに頭を突っ込んで物色中だ。
「おーしっ。こんなもんかな」
さらに五着ばかりを抱えて、彼はようやく満足したらしい。
それらをベッドに並べると、直江へ向かって彼は人差し指を立てた。
「さて、結果その1。お前は普段着でもブランドもの」
―――ずらりと並べられた服はすべて、名のあるブランドのもの。
高耶はさらに中指を立てた。
「その2。Tシャツは着ない。パジャマとしてなら別だけど」
―――並べられた服はいずれも、襟つき。
高耶は薬指も立てた。
「その3。小物にもこだわりがある」
書き物机の上に並べられた時計類やシガレットケースなどはそのためか。
「……なるほど。それで?」
総合結果はどうなるのだろう。
にや、と高耶が笑った。
直江の脳裏を危険信号が走る。
はたして、紡がれた言葉は彼を撃沈させるに余りあるものだった。
「それをこれから試すとこ」
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
「か、完了ですかぁ……」
直江の声は疲れ果てていた。
窓の外はすっかり暗くなっている。
つい今まで、彼らは
「あっこの色いい!」「でも下と合わね〜、やりなおし!」「今度は全体のバランスがおかしい!……変だな、オレ、カラーセンスねーのかな」「うわ、ストップ!春にそのズボンは暑い!」「……たかやひゃん……」
という、非常に暑い戦いを繰り広げていたのだった。
「―――で、結果はこうというわけなんですね」
直江は自分の格好を見下ろして高耶に確認した。
「うん」
春のカジュアルスタイルということで、あえてシャツ以外のバージョンに。
バルダサーリ のニットは綺麗なスカイブルー。あまり体の線を強調しないスタイルなのだが、ゆったりした部分が却って直江の逞しくも締まった体つきを際立たせている。
長い足を包むのは黒のアルマーニ・ジーンズ。こちらも少しルーズなタイプながら、やはり体の線がわかる。
いずれにしても彼の肉体は鑑賞に楽しいものだから、対する高耶などはすっかり満足そうだ。
そして、小物の代表・サングラスもカジュアルに色の薄いものを選び、普段の直江とは少し雰囲気が異なっている。
(尤も、室内でサングラスは必要ない気もするが……)
「う〜ん、ホント何着てもかっこいいよなぁ……」
嬉しい気持ちだけで十分元気な高耶は、直江のニットの腕に抱きついてぎゅうっと顔をくっつけるが、直江の方は嵐のような着せ替えバトルに疲れ果てていた。
「お褒めいただいて恐縮です……」
微笑みも力なく、相手が手を離して見つめる前で、くたりとベッドに腰を下ろす。
すると、高耶もくっついてきて隣に座った。
そのまま再び腕に抱きついてきたので、直江は少し笑った。
「今日は随分となつきますね。どうかしたんですか?」
「へへ。だってお前がオレの見立てた格好してるんだぜ?それも、ばっちりかっこよく!」
嬉しそうにとろけている恋人に、
「そんなに可愛いことを言うとまたキスしますよ」
胸に抱きこんで囁くと、相手はふにゃあ、と目を閉じた。
「お前の声、好きだなぁ……」
それは猫が喉をごろごろ鳴らしているような姿に似て、直江の目を細めさせた。
「ありがとうございます……」
顎に手をかけたところで、
「でもまだやることがあるからダメ」
ぱっと相手は目を開けてしまった。
「最後にパジャマの話が残ってる」
さっさと立ち上がってワードローブへ向かう恋人の後姿にため息交じりの眼差しを向けて、直江は観念した。
「わかりました。
……もう、どこまででもやってしまってください……」
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
「その1。ローブタイプ。それも、こーんなの」
またもや、語尾にハートマーク。
その手にしているのは、びろうどらしい深みのある葡萄色の生地で仕立てられたローブ。帯で締める、バスローブと同じような型だ。
「……一体、そういうものをどこから仕入れてくるんです、あなたは」
「企業秘密v」
兄ルートのような気がする……
こめかみを押さえる直江を面白そうに見ながら、
「その2。浴衣説。柄には色々意見があるんだけど、これでどうだ?」
「母があつらえたあのうさぎ柄ですか……。うう」
「金魚のもあるんだけど」
「うさぎにします!」
「え〜せっかくだし。着てみろよ〜v」
「……」
渋る直江に一言。
「好きだよ」
にっこり笑って、女王様。
「〜〜〜っ!」
あわれ、直江……
「で、その3は普通のこういうやつ。無地指定だからちょうどこれだな」
今朝着ていた黒いパジャマを指して、高耶が言う。
「でもって、さらにオプション指定がついてるんだけど、……二人で一着っていうんだ」
だんだん声が小さくなるのは、照れているらしい。
直江はくすっと笑って、
「なら、いつもとほんとに同じじゃないですか」
「それはそうだけど」
改めて口にするのは恥ずかしいようだ。
あんな風にくっついてくるかと思えば、こんな面も見せる。いつまでたっても新鮮なひとだ。
「それで、どれが本命なんですか?」
結局のところ、総合結果はどうなのか。
見つめると相手は目を逸らしてしまった。
「意見が割れてるし、お前が自分で決めれば?」
「あなたに選んでほしいんです。どれがいいですか」
「う」
躊躇う様子は、どうやら迷っているのではなくて口にしにくいからだと見た。
「う〜」
非常にいい難そうで困っていたが、あえて直江はこちらから誘導してやることはやめた。
救いを求めるように、察してくれ、と目で訴えるのを鉄の微笑でかわし、あくまで自発的に言わせようとする。
「……」
焦らされた高耶はやがて、
「……金魚っ」
赤くなった顔で直江をにらみながら、挑戦するように言い切った。
困ったのは直江である。
やぶへびというやつだろうか、これは。こう出られるとは思っていなかった。ちょっと意地悪してみたかっただけなのだが、今さら言っても遅い。
「金魚……ですか」
非常に困った顔になって呟く。
すると、その困惑の表情に満足したか、相手は小気味良さそうに笑った。
「いやか?」
「……ええ、できれば」
はああ、と大きなため息を吐くのに手を伸ばし、
「冗談。……いつものでいいよ」
高耶は直江の頬に触れて微笑した。
言ってからやはり目を逸らしてしまう。面と向かって言うのは抵抗があるらしい。
けれど、次の言葉は。
「何を着ててもお前はお前だから……」
―――無意識の殺し文句。
こんなときいつも、直江は目を見張らされる。
これ以上の告白はない、というような台詞を、無自覚のうちに与えてくるのだ、この愛しい恋人は。
あなたにはとてもかなわない。
自分にできるのは相手を死ぬほどきつく抱きしめて囁くだけだ。
「キスしてもいいですか……?」
二人の世界に入ってしまったので、これにてお開き。 お疲れさまでした、直江さん★
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
以下、おまけです。
さて、しばらくののち。
黒いシルクのパジャマの上着を着て、ベッドの上をごろごろと行ったり来たりしながら、高耶が呟いた。
「何でもいいけどさぁ、今回あらためて思った。
お前の普段着姿ってなかなか想像つかないらしいんだよな。
インタビューされた人たちけっこう困ってたってさ。ふふ」
「……それは私の影が薄いということなんですか」
「さぁな♪」
「ひどい……(泣)」
020503
さてさて、終了です。
おことわり:この話の中での高耶さんは直江さんにべた惚れです。なつきすぎです。しかも夢見すぎです。(誘ってるし)
でも、いいよね。
だって誕生日なんだもの……★いい思いさせてあげたいじゃないですか。あま〜くv
(―――異議がおありの場合でも、ご容赦くださいまし……)
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5555を踏んでくださったわかな様へささげます。
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