お前の声が好きだ―――
目を閉じればいつでも、聴こえてくる。
滑らかで、色気があって、あったかくて、どこかからかってるみたいな、そんな……
―――お前の声。
・ ・ ・ ・ ・
その情報が高耶の耳に入ったのは、もうすぐ梅雨を迎えるという、天気の憂欝な頃だった。
担当分野が異なるために、仕事上の情報として下りてはこないのだが、職場の喫煙コーナーでの別分野担当員たちの会話から、小耳に挟んだのだ。
ナオエが賞金首にされている。そういう話だ。
ナオエ。
こちらの世界では有名な、腕ききのSEだ。
どこの組織にも属さず、様々な組織と個々に契約を結び、仕事が済んだらすぐにそこを離れる。
どんな好条件を示されても決して専属にはならない、一匹狼のプログラマーだった。
その男が、複数の組織から誘いを受け、例の通りに断ったことから翻って狙われることになったらしい。
これまでにもそういうことはあった。
その度に男は自らの持つ情報を切り札に切り抜けてきたのだが、今度は少し状況が違った。
相手が複数である上、規模も決して小さくはない。
その組織自体がさらに下に複数の組織を従えているような類である。
これはいかにナオエが腕ききであるといっても分が悪い。
一体どうやって切り抜けるつもりなんだろうな、と興味深げに話す同僚たちの声はしかし、高耶の耳を素通りして脳には届いていなかった。
「……おい、カゲトラ?カゲトラ、どうかしたのか?」
ふと、傍にいた同僚の一人が、黙り込んだまま凍りついたように顔を強張らせている高耶に不審を抱いて、肩を叩いてきた。
「……あ」
横へ目をやれば、心配そうな顔がある。
「何でもねーよ。ちょっと立ちくらみ」
すぐに表情を戻して彼は首を振ったが、その心中は決して穏やかなものではなかった。
直江が……あの男が、狙われてる?
それも、あの有力な勢力に。
胸がきりきりと痛んだ。
あの男はあの通りの強靭な人間で、個々人単位の力量で言えば、比類ないほどの部類に入るだろう。
けれど、今回は相手が相手だ。
いくら個人としてのあの男が並外れた腕を持っていても、その情報網が世界中ありとあらゆるネットワークに入り込めるほどの鋭利さを誇っていても、物理的に包囲されでもしたら、ひとたまりもない。
あの男は一匹狼だから。
組織に属さないということは、とりもなおさず、自らを腕一本で守ってゆかなければならないということなのだ。
誰の力も、借りることは叶わない。
周囲すべてが敵となるという可能性すら、ゼロではないのだ。
そうなったとき、あの男はたった一人でどうするのだろう。
―――どうすればよいのだろう。
……胃が痛む。
心配でたまらない。
狙われている。
あの危険で優しくて冷たくて世話焼きな男が……
胸が、痛い。
しめつけられるように痛い。
このまま心臓に手を突っ込まれて握りつぶされ、引きずり出されそうな感覚が体を襲う。
どく、どく、どく。
早鐘を打っている。
―――まずい。
回転数が上がりすぎている……。
すうっと血の気がひいていくのを感じながら、意識が混濁してゆく。
「カゲトラっ !? おい、カゲトラ!!」
同僚が叫んでいるのを、壁を隔ててでもいるようにぼんやりと遠くに聞きながら、高耶の意識はブラックアウトした。
02/07/23
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