the call



Let me tell you the story     
about the call      
that changed my destiny...

















―――あの声の主は一体どうしているだろうか。
一体どんな事情があって……?
この遅い時間にも関わらず車の絶えない国道を制限時速を軽く超えて飛ばしながら、ハンドルを握る彼の頭の中には疑問符が山を作っていた。
あの人物は何者で、『ねーさん』に何があったのか。
『ちあき』はあの人物の何なのか。

―――そして何より、どうして自分は貴重な睡眠時間を削ってまで、見知らぬ人のために深夜の国道を飛ばしているのだろう……。

意外にすぎる。
自分は困っている人を見たら助けてしまうような博愛主義者では決してないし、そもそも間違い電話をまともに受け取るほどのお人よしではない。
その自分がどうして……?

自分で自分がわからない。
一体どうして、自分はハンドルを握っているのだろう。

眉を寄せて考えに沈みながら、彼は夜の国道をとばした。
やがて目指す東口が見えてきて、速度を徐行に落として横目でそれらしい人物を探しにかかる。
声から推して、まだ若いはずだ。
出口を少し過ぎた右側の、バスロータリーの端にあるベンチに、予想通り、二十歳くらいに見える青年がいた。
目は伏せてしまっているが、その手元は、いらいらと落ち着きなく動いている。

彼が、そうだ。

確信して、彼の座っているベンチの少し手前に車を止めた。
運転席を出て、バン、とドアを閉めると、バスも途切れて静かになっていた広場にその音が響いて、彼が顔を上げた。

―――目が合った。

何かが起こったと思ったのは間違いだったろうか。

見知らぬ人。

それでもなぜかわかってしまった。

しばらくそうして見つめ合っていた。
やがて、彼は疲れたように目を逸し、来ない待ち人を探そうと視線をさまよわせた。
彼は、まさか自分が、呼びつけた相手であるなどとは思いもよらず、『ちあき』という人物の来るのを待っているのだろう。
直江はさて何と言って声をかけたものか、と思案しながらそちらへ歩み寄って行った。
「ちあき、という人を待っているんですか?」
と声をかけると、彼は驚いたようにぱっと顔を上げ、こちらを見上げてきた。
「……あんた、一体……」
警戒と縋るような目指しを同居させた瞳が夜の闇のような漆黒であることを、直江はその抜群の性能を持つ脳に記憶した。
「あなたはかける先を間違えたんですよ。ちあき、という人ではなくて私の所にあの電話はつながったんです。
 ……一体、何があったんですか」
相手の警戒を解くように、ゆっくりと問う。
青年の瞳は別の感情に揺れた。
「ま、間違えた……?」
今、その漆黒の瞳を支配するのは、純粋な驚きの色。
綺麗な綺麗なその瞳をじっと見つめながら、直江は穏やかに肯いた。
「ええ。私の家に『ちあき』という人間はいません」
青年はしばらく見開いたままで瞳を合わせていたが、やがてその唇から言葉がこぼれおちた。
「それなのに……あんたわざわざ来てくれたのか?
こんな夜中に。見知らぬ人間のために?」
どこか呆けたように心もとない響きだったその声が、だんだん不信な笑みを含み始める。
一旦言葉を切って、紡がれたのは、揶揄するような疲れた笑い声。
「―――とんでもないお人よしだな」
相手を馬鹿にしたような声音。
けれど、それがどこか困ったような、途方に暮れた響きであることに、直江は気づいた。
気づいて、微笑んだ。
「いいえ。私はお人よしなどという種類からは全く離れた人間ですよ。
―――ただ、行かなくてはならないと思ったんです」
一瞬、言葉を切る。
「……何かが、そうさせた……」
自分自身でも未だによくわからないのだ。
けれど、はっきりしていることがある。
自分は、確かに何かに動かされて、ここへ来たのだ。
何か。
自分の生き方を変えさせる何か。

「……」
直江の台詞にこめられたものが伝わったのか、青年はしばらく沈黙していた。

「それで、一体何があったんですか。私で力になれますか」
しばらく黙っていたが、そうそう沈黙に時間を費やしている暇はないはずだ。
ゆっくりと切り出すと、相手は今にもくずれそうに瞳を揺らして、一瞬だけ躊躇う様子を見せたが、すぐにそれを凌ぐ何かに言葉を明け渡し、
「助けてください……ねーさんが……っ」
狂おしいほどに声を震わせて、彼は直江に両腕で取り縋った。
「お願い……助けてください……
た、すけ、て……」
そのまま嗚咽をこらえきれずにうつむいた。
肌色が白くなるほどにきつく直江の袖を握り締めて肩を震わせる彼の背に掌を添えて、
「下を見ないで。こちらを向いてください。
 泣いていてはわかりませんよ……何があったんですか……?」
温かい声でゆっくりと噛んで含めるように言ってやるが、
「うー……」
青年は言葉も紡げないほど涙に咽び、ひくりひくりと喉を痙攣させている。
「大丈夫、ここにいる。ここにいるから……」
子供のように泣きじゃくる彼をなだめながら、直江は安心させるようにその背を優しく撫でてやった。




02/06/23





今回もコメント入れてみます。
さて、今回は高耶さんが泣いちゃってます。直江さんがお人よしっぽいし?
謎ですね〜。←他人事みたいな言い方だなぁ
(てか、一体綾子さんに何があったのか……?)
ここからどうなるのかは、すべてわたくしの筆のノリ次第です……頑張ろう……。
何はともあれ、ここまで読んでくださってありがとうございました。
ご感想などbbsにでも頂けると天に昇りますvv




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