fromLOVE - STEP4 -



 part.4

「―――ところで、あなたが今気にしているのはその電話の女のことですね。さっきの話を聞く限りでは、それはたぶん……」
 男は青年を抱きしめて、その頬に何度かキスを落とすと、くすりと笑って答えを言った。

「姉です」

「あね !? 」
 本物の猫のようにふにゃっと懐いていた青年は、予想しなかった答えに驚いて跳ね起きた。
 殆ど相手の襟首を掴み上げるような勢いで顔を見上げると、男はええと言って頷く。
「そうなんです。すみません、話していなくて。あなたにいやな思いをさせてしまいましたね」
 物言いが乱暴で困った人です、と小さなため息をつく男である。

「や、それはいいけど、……直江、お姉さんがいたんだ。……あぁでも、なんか納得だ」
 さっきまでの暴れっぷりが嘘のように肩の力が抜けて、青年はぺたりと恋人の肩に寄りかかった。
「納得?」
 不思議な顔になって小首を傾げてみせた男に、青年は頷く。
 よく締まった堅い肩へ嬉しそうに両手を乗せて、その上に顎を乗せた彼は、
「直江が優しい理由。姉さんがいる男って、総じて優しいんだよ。ちょっと女性の押しに弱いとも言う。 ……いや、オレは男だけどな、押せ押せで直江のこと口説き落としたし、そのへんが当てはまるだろ」
 台詞の途中で目を閉じて、気持ち良さそうに頭を傾けた。

「高耶さん……」
 猫ならばまどろみながら尻尾をぱたりぱたりと振っているであろう、そのポーズに、飼い主は微笑む。
「直江は何でもよく気がつくし、そっと手を出して助けてくれる。そういう気遣いって、やろうと思ってできることじゃねーよな。お姉さん、すごくしっかりした人らしかったから、たぶん直江に色々仕込んでくれたんじゃねーか?違う?」
 その肩に懐きながら、青年は言葉を続けた。
 概して姉というものは、弟の教育に関して母親並みの関心と影響力を持っているものである。恋人の姉も先ほどの電話から察するに非常にテンポのよいテキパキした女性のようだったから、おそらくは昔から弟に手出し口出しして面倒を看てきたのだろう、と想像した青年だった。

 果たして相手は頷いた。
「確かに仕込まれましたよ、何から何まで。もっと正確に言えば、姉は私の親代わりです。両親は随分昔に他界しまして」
 笑って頷き、しかし、さらりと続いた次の言葉は、思いがけず深刻な内容を含んでいた。
 口にした本人の表情は何一つ先ほどまでと変わりが無かったが、対する青年は懐いていた肩から飛び跳ねる。
「え !? ……そうだったんだ……ごめん、つらい話になっちまったな」
 恋人の家族構成を訊ねたことがなかった彼は、思いがけない境遇を聞かされて顔を沈ませた。
 姉に嫉妬した笑い話のはずが薮蛇だった、と俯いた青年だったが、恋人は首を振る。
「いいえ、気にしないで。まぁとにかく、その電話は姉です。少し前に久しぶりに会ったんですが、そのときに見事に言い当てられてしまいまして」
 彼は何かを思いだすように首を傾げて、小さく笑った。

「? 何を言われたんだ?」
 男の口調が楽しげなことを不思議に思って青年が顔を上げると、そこにあったのは苦笑と微笑が入り混じったような笑みだった。
 曰く、
「開口一番、あんた恋人ができたわね、と」

「うわっ。鋭い……姉の勘は伊達じゃねーってか」
 目を丸くして驚きの声を上げる青年である。
 開口一番ということは、顔を見ただけで、もしくは全身を一瞥しただけで、内面の変化を見破ったということだ。驚くべき観察眼である。

 全くもって同感だ、と男は頷き、
「それで、そのうち会わせなさいよと言うので、相手に話して都合をつけましょうと約束したんです。すっかり忘れていました。たぶん電話の内容はその件についての催促でしょうね」
「なるほどな、それなら話が通じる。……随分忙しそうな人だったけど、何のお仕事してるんだ?」
 青年はふむふむと頷いて、ふと思いついたように質問を挙げた。
 男はああと言って、
「一口に言えば、服飾デザイナーです」
「デザイナー?へぇ……」
 これまた予想外の返答である。

「『N.Yutaka』ってご存じありませんか。子供服からヤング・キャリアまで幅広く展開されているミドルクラスのブランドなんですが」
「あ、知ってる。前に勤めてた店の制服、たしかそこに頼んでるって聞いたぜ」

 ぱっとソファから降り立って寝室へ消えた青年は、程なくして戻ってきた。

 これこれ、と言って、クローゼットから引っ張り出してきた白いシャツを恋人に見せる。その襟首のタグには、確かに『N.Yutaka』のロゴネームが入っている。その下に青年の自筆で名字が書かれていたが。

「直江のお姉さん、このブランドの関係者なのか?」
「それが姉の名前です。直江裕多佳」
「へえっ !? ……『ゆたか』だから、てっきり男のデザイナーだと思ってた。うわあ。世間て狭いな……」
 青年はますます目を丸くする。

「―――狭いついでに、姉に会ってみてくれますか」

 にっこりと笑いながら口にされた提案は、しみじみと世間の狭さを考えていた青年を、一気に現実に引き戻した。

 続

そして今回も見つかりましたね。(part.1〜3を読まずにここを発見してしまったお方はQ2、Q4、Q8のページにて探してみてください。)

なんでまだ続いたかというと、直江さんのお姉さんの説明を入れたかったからなのでした。
ゆたかさん。
直江さんがおっとりマイペースなのは、姉が強いからなのです。
世話を焼かれ慣れているから、誰かの世話をしたり甘やかしたりするのが好きなのですね。


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