「いきなりこんなとこ来て、よくホテルが取れたなぁ。クリスマスってどこのホテルも予約ぎっしりだろうに」
香港一と謳われる上流ホテルの、そのまた特別仕様のスイートルームで、ガラス窓に手をついて、高耶は眼下の通りを見下ろしながら呟いた。
通りは夜でも人や車は絶えることなく、賑やかだ。そこから僅か向こうへ視線を転じると、一転して暗い海が広がっている。尤も、海上には幾隻かのフェリーの影があるが、その灯りを除けば水面は真っ暗だ。
そして、さらに向こうを見れば、そこは対岸の香港島である。こちらはまるで光の島だ。左から右まで、林立するビルの、クリスマス仕様のイルミネーションが隙間無く分布している。
優れた視力を持つ彼の目は、宝石箱を引っくり返したような煌きの中に、よく知られたとある銀行のビルを見つけることができた。
一方、スイートのソファルームのローテーブルに置かれたシャンペンの栓を抜いていた直江は、その壜をグラスへ傾けながら顔を上げた。
「香港にはちょっとした伝手がありましてね。彼女に頼めばここでは大抵のことが通るんですよ」
その台詞の中に引っかかる言葉を見つけて、高耶が振り返る。
「彼女、ねぇ?」
からかうような口調ながら、その瞳は些か不穏な気配を帯びている。
「アメリカにいたころからの知り合いです。カレッジで机を並べた仲で」
琥珀色の液体を中ほどまで湛えたグラスを二つ手に持って、直江は高耶の方へと歩み寄った。
「ついでに仕事の依頼人だったりもするんだろ?」
差し出されたグラスを受け取って、高耶の瞳が直江を見上げる。
それは甘い夜への期待よりも、むしろ獲物を前にした虎の細められた瞳だ。
「ええ、何度かね」
カチン、とふちをぶつけて涼やかな音をたてると、直江はグラスを傾けた。
「さらについでに、寝たこともあるだろ?」
高耶はグラスをそのままに、眉を寄せる。
「……お察しの通り」
直江は苦そうにシャンペンを飲み干して、ほんの僅か頷いた。
高耶はその言葉を聞くと、ふ……と唇だけで笑って、自分のグラスを乾した。
傾いたグラスの中身が琥珀色の滝になって彼の喉へと流れてゆく間、室内は沈黙する。ただガラス一枚を隔てた数多の灯りだけが、ちらちらと揺らめく。
「……怒った?」
03/12/03
|