タカ、ナス、フジ?2004 |
目を覚ますと、さるがいた。 肩に乗るくらいのサイズで、リスザル系だろうか、なかなか可愛い顔立ちをしている。 茶色い毛並みがなぜだか既視感を起こさせ、それが直江の髪の色に似ていることに気づいた。 ……直江? そうだ。直江はどこにいるのだろう。いつもなら目覚めた時に必ず視界の中にいてくれるのに。 物言わぬさるを捕まえて肩に乗せてやり、リビングへと向かってみるが、そこにも姿が無い。 慌てて家中を探し回る。 でも、どこにもいない。 俺に黙って外出するとも思えないが、現状を考えるとそれ以外に納得できる筋書きがない。 「どこ行ったんだよ、なおえ……」 |
リビングのソファに沈みこんで、俯く。 すると、さっきまでおとなしく肩の上に乗っていたさるがふいに髪を引っ張ってきた。 「いてっ。何すんだよ?」 驚いて横へ目を向けると、なにやら言いたそうに口をぱくぱくさせているのが見えた。どうやら声が出ないらしい。 「何か言いたいんだな?よし、待ってろ。紙と鉛筆持ってきてやるから」 さるに鉛筆を持たせても人間の言葉を文字で綴るはずはないのに、なぜかそんなことを言っていた。 「ほら、これでいいか?」 リビングのテーブルに飛び乗ったさるに、メモ帳とボールペンを渡してやると、さるは器用にペンを握ってメモ帳に文字を書き始めた。 「なになに、『私は本当は人間です。悪い魔女に魔法を掛けられてこんな姿になってしまいました』ぁ !? 」 その手元を覗き込みながら読み上げてゆくと、とんでもない内容に声が裏返った。 |
「魔女 !? 」 といえば高坂くらいしか思いつかないが。しかしヤツがどうしてこのさるに魔法を掛けたんだろう。いや、元はさるじゃないんだっけ。 さるはオレが復唱するのをこくこくと頷きながら見上げてきたが、また続きを書き始めた。 「えーっと、それで……『私を元に戻すためには、愛する人にキスしてもらわなければなりません』 !? はあ !? 」 キスで元通りになるだって? ねむり姫か?それとも美女と野獣か? なんにしても、変な話だ。 そもそもさるが綺麗な文字を書いていること自体変だが、本人の言を信じるのなら、このさるは元々は人間だったらしいから、まあいいのか。 |
「で……オレにどうしろと?」 ひとしきり考えた後でさるに目を戻すと、さるはじいっとオレを見上げてきた。 きらきら、きら。 可愛らしい顔立ちのさるが、つぶらな瞳を光らせてオレを見上げている。 そう、つぶらな瞳。 ……鳶色? 「なおえ……?」 驚いてさるを両手で掬い上げ、その瞳を覗きこむと、確かに見覚えのある鳶色だった。 「なおえなのか !? 」 さるを揺さぶりながら問い詰めると、さるはこくりと頷いた。 「嘘だあ!なおええっ……!」 絶望のあまり大声で叫んだところで――― 目が覚めた。 |
心配そうに見下ろしてくるのは、見慣れた男の顔。あの鳶色の瞳。 「大丈夫ですか?うなされていましたよ。初夢だっていうのに」 前髪を後ろへ流すように梳きながら落とされる声は、温かくて甘い男のもの。 「……なおえ?」 「はい?」 呼んでみると、返事が返る。不思議そうな瞬きとともに。 「本物の直江なんだ?」 手を伸ばして頬に触れてみる。 「は?私は私ですよ。どうかしたんですか?」 「……ん、なんでもない」 触れた手に、すぐさま直江の手が重ねられる。 温かい。 優しい。 ―――確かに……直江だ。 オレはほわっと体の力が抜けていたが、謎かけをされた直江は落ち着かない様子だ。 |
「何でもなくないでしょう?言ってください。一体どんな夢を見たんですか」 「聞かない方が身のためだと思うぜ」 「そんなに悪い夢だったんですか!」 「悪い魔女のせいでさるに変えられた王子様の話」 「……はあ?」 「でもって、元の姿に戻す魔法は、愛する人のキスだとさ」 「……はあ」 「つまり、直江がさるだった、って、そういう夢」 「!」 恋人の初夢にサル姿で登場したことにショックを受けたのか固まってしまう直江だったが、奴は転んでもただでは起きない男だということを、オレはすっかり失念していた。 「……なら、私はあなたのキスで元に戻してもらわなければなりませんね?」 「んッ!ちょっと、待―――」 瞳の奥が光ったと思ったら、唇が塞がれていた。 新しい年になって初めての、おはようのキス。 しかしおはようにしては極めつけに甘い、とろけてしまうほどのキス。 ―――こんな元旦の朝も、ほんとは悪くない。 今年もよろしく、直江。 2004/01/01
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