How Do You Want Me To Love You?
『じゃあ、一個だけ。―――キスしよう』
・ ・ ・ ・ ・
それは長閑な昼下がりのこと。
七月も下旬とは思えぬ涼しさの中、ワーカホリックの助教授は珍しく自主的に学校を休み、自宅のソファで黒い猫の相手をしていた。
深く腰掛けた彼の、研究職に従事している人間とも思えない、よく鍛えられて引き締まったその脚に、膝枕をして懐いているのは大きな黒い猫。
弾力のある腿に頭をのせて半ばうとうとと微睡みながら膝の辺りをかりかりと爪で引っ掻いているそのしなやかな体を、家の主は指先でくすぐるようにしながら撫でてやる。
「可愛い顔をして……。気持ちいい……?」
肩や背を撫でてやりながら、目を細めてにゃあと鳴くのを微笑ましく見守る彼は、膝の上で嬉しそうに懐いている恋人がうっとりと喉を鳴らすのを見て、囁くような声で静かに問うた。
膝の上の大きな猫が、それを聞いて瞳を開く。真っ黒な瞳が上を見上げて、恋人の瞳と出会うとふわあっと微笑んだ。
「気持ちいいよ。膝だけじゃなくて、撫でてくれる手がいい匂い」
背中や首の辺りを撫でようとして動くたびに、恋人の手首の辺りからふわりと香る、優しい甘さ。
少し前に自分が贈った香りを身につけていてくれることが嬉しい。
香水はつける人間の体臭によっても様々に香りが変化するというが、自分が選んだ香りがこの恋人にはちょうどよくマッチしているように思えて、それもまた嬉しい。
濃いのに優しい甘さと、その中に含まれる一瞬の媚薬めいた色香が、自分にとってはまたたびのような効果を持っている。
この香りを吸い込むたびにふにゃっととろけてしまう自分がいる。
「あなたの選んだ香りだから。……ところで私の膝はけっこう硬いと思うんですが、そんな枕でもいいんですか?寝心地が悪くはありませんか」
年上の恋人は筋肉質の膝では硬くて首のすわりが悪かろうと思うのだが、相手の返事は予想外のものだった。
「いや、寝てるんじゃなくてうっとりしてるだけだし」
にい、とまさに猫のような笑顔になって、年下の恋人は首を傾げる。
「……うっとり。はあ、そうですか」
根が奥手で頭の固い男は、例によって直球で帰ってきた返事に目をしばたたかせた。
どのように返答したものか途方に暮れている様子の彼に、恋人はからからと笑ってまた膝の上に爪を立て始めた。
かりかりと引っ掻くようにしているのは、手遊びのつもりではなくて純粋に感触を楽しんでいるらしい。本人の言葉を借りて言うならば、『只今うっとり中』とでも言うべきか。
「別にオレは筋肉フェチってわけじゃないけどさ、直江の脚は好きだな。……いや、脚に限らないけど」
スラックス越しにもその逞しさが窺える腿の感触が、好きであるらしい。
目を細めているのは眠いのではなくて、ほやっとしているのだ。
「……何だか逆ですね」
ふと、男は小さな笑い声をたてた。
「逆?」
不思議そうに視線を向けてくる恋人に、彼はええと頷く。
「あなたの誕生日なのに、私を喜ばせてどうするんですか。逆でしょう」
くすくす、と笑いながら彼は恋人の真っ黒な髪に指先を滑り込ませた。
そうして梳くようにして撫でてやると、恋人は気持ち良さそうに目を細めながら口を開いた。
「でもこうやって一日中傍にいてくれてるじゃん、学校まで休んで。
オレはだからすごく嬉しいんだけど?」
大きな黒い猫は言って、丸い爪の生えた前脚を伸ばす。
ねこじゃらしにじゃれつくような仕草で、ばらりと下へ向かって落ちてくる茶色い前髪に指先を遊ばせる。
「あなたは何も欲しがらないから。せめて普段あまり一緒にいられない埋め合わせになればと思って休暇を取ったんです。―――これは正解?」
前髪が乱されるのには構わずに相手のやりたいようにさせてやりつつ、男はじっとその瞳を見つめた。
「もちろん。昨日電話貰ったときは嬉しくてさ、夜も眠れなかったぜ?」
自分の隣ではいつも小気味よいほどぐっすりと眠ってくれるくせに、恋人はそんな可愛げな台詞を口にする。
「だから、あなたが私を喜ばせてどうするんですか」
めっ、とその唇に人差し指で蓋をしてやると、悪戯な猫はその指に噛み付いてきた。
力を入れて噛んだわけではなく、かじりついたような程度のものだったが、その拍子に男の指は蓋の役目を終えて、おやおやと肩をすくめる。
「―――あのな、オレを喜ばせる方法、教えてほしい?」
ひとしきり指で遊んだ後に、黒い大きな猫はしなやかな体を起こして恋人と目の高さをあわせた。
相手の目を見つめ、にい、と細められた猫さながらのその瞳がきらりと光る。
「教えてください。あなたは何を望むの」
彼の大好きな微笑みを浮かべて、その年上の恋人が乞うと、
「猫にはまたたび、オレには、」
青年は答えた。
「―――」
―――その恋人は、溶けるような笑みを浮かべて頷いた。
・ ・ ・ ・ ・
「優しいの?それとも、激しいの?」
黒い猫の顎を持ち上げて、問う。
半ば瞼を閉じた相手は、吐息とともに答える。
「とけるくらい、甘いの」
―――バースディケーキよりも甘い、キスをしよう―――
fin.
8/23
というわけで、これは「fromLOVE」の二人でした。相変わらず熱いことです(笑)
(……いや、腐ってるのは私の頭か……/愕)
読んでくださってありがとうございました。
(picture by KAI)