How Do You Want Me To Love You?
『何もいらない。オレは今のままで最高に幸せ』
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「ん?オレ別に何もいらねーよ。
直江と一緒に暮らして毎日顔を見て、笑ったり怒ったり、そういうのが幸せってやつだろ。欲しいものなんて他に何もない」
ダイニングテーブルについてレシピ本をめくっていた彼は、直江の問いに手を止めて視線を上げた。
首を傾げて笑う彼に、男は小さなため息をつく。
相手の向かいに椅子を引いて腰掛け、彼は少しだけ身を乗り出した。
「あなたは何も欲しがらないんですね。私があなたに贈ったものなんて、今そこにある指輪だけだ」
彼の左手と自らの左手にはまっている銀色の輪を指して彼が言うと、相手は頷く。
「そうだな。これが一番嬉しいものだったぜ。お前がオレにくれた色々なものの中でも、これが一番。
このほかにオレがお前から欲しいものなんて、形のあるものじゃねーよ。こうして喋ってる時間とか、おはようの挨拶とか、ただいまって言うときとか、そういうのが一番大事」
彼は自分の左手の指輪を大事そうに右手で包むようにして、にっこりと笑った。
彼は無欲というよりは今に心から満足しているということなのだろう。魂の底から慟哭して欲しがったものをようやく手に入れて、共に暮らしていられるという幸せな事実。
「じゃあもっと単純に、して欲しいことなんかはありませんか?
たとえば私の手料理が食べてみたいとか」
男は相手の言葉に破願して、質問の方向を変えた。
「……それは遠慮しとく。焦げたトーストは苦手だ」
が、相手は何やら神妙な顔になって首を振る。思い出して苦笑する彼は、およそできないことというものの無さそうな男が唯一料理だけは下手だという事実を改めて認識し直したようである。
「頑張れば焦がさずに何とかできますよ」
男は自らの欠点をわきまえているから無理もないことだと半ば苦笑して、それでも努力してみようと言葉を継いだが、相手はやはりうんと言わない。
「いや、いい。
あのさ、それなら、一個今欲しいものがあるんだけど。物じゃないけどさ」
「はい、何ですか?」
相手からの提案に男は素直に乗る。相手はレシピ本を閉じると、男に手を伸ばしてその手を取った。
「手。直江の手、好き。だからさ、風呂入ろう。一緒に入って、シャンプーして」
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「ん〜気持ちいい」
浴槽に浸かって頭だけを縁から外に出し、洗い場に椅子を置いて腰掛けた男によって泡だらけにされながら、高耶は本当に気持ちよさそうに目を閉じた。
「直江、美容師顔負けの腕だな。気持ちよすぎてうっとりする」
目を細めて昼寝する猫のような様子に男は破願する。
「ふむ。……かゆいところなどございませんか、お客様」
ふざけてそんなことを言った彼に、高耶はあくまで楽しそうに応じた。
「特にないです」
「わかりました」
男もそれに応えて、美容師になりきってみる。
男の指先は傷をつけるほど強くもなく、かといって刺激を感じないほど柔すぎはしない強さで、高耶の頭皮をマッサージする。
片手で頭を支えながらもう片方の手でしゃかしゃかと洗ってやると、相手はもはや天国の心地よさにとろけている。
「ふえ〜気持ちいい。本気で上手いな、直江」
全身を弛緩させてふわふわと漂う彼は、本当に男の手が好きなのだ。
「そう思ってくれると嬉しいですよ、私も。あなたが嬉しそうだとこちらも幸せです」
泡だらけになった髪をきゅっと絞って男が言うと、相手は残念そうに目を開けた。
「もう終わりなのか?もっとやって」
「一度流してから二度目をしますよ。そんなに膨れないで」
ぷうっと頬を膨らませた相手をちょんと突ついて男は笑う。
包み込むような愛しげな眼差しに出会って高耶はほんのりと赤くなった。
「……」
「おや。可愛いお口が尖っていますよ。―――均してあげましょう」
言い返す言葉を思いつけずに口を尖らせた彼に、男がゆっくりと覆い被さる。
逆さに重なった唇は僅かにアルカリの苦味を伴ったキスだった。
fin.
7/09
というわけで、これは同居中の「神刻」の二人でした。予想は当たったでしょうか、それとも別のお話と思われたでしょうか。
それにしても、相変わらずの甘甘っぷり……(笑)
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(picture by KAI)