How Do You Want Me To Love You?






『―――いいえ、何も。これ以上、何を望むことがありましょう』

・ ・ ・ ・ ・



 旦那の問いに、綺麗に肩口まで伸びた黒髪をゆっくりと揺らして伎はかぶりを振る。

「何も。何も望みませぬ。こうして直江さまが毎晩お越しくださる、それがどれほど幸福か、言の葉にては表し尽くせぬほどでございます」
 景虎はしっとりと睫毛を伏せて、そう呟いた。
「景虎どの……」
「この上何かを望むなど、罰が当たります」
 微笑みはどこまでも白く透明である。旦那は相手の自らを日陰者とわきまえた悲しいほどの健気さに胸を突かれ、返す言葉を忘れた。

 いつも、いつでも、この人はこうだ。
 どんなにつらいことが起こっても、きっと彼は微笑んで受け止めるのであろう。……そして、人知れず涙を落とすのかもしれない。誰にも見せることなく、ひっそりと一人で。

「わたくしは罪深い者にござります……許されぬこととわかっておりながら直江さまをお引き留めいたして」
 むしろ彼はいたたまれぬ風に詫びさえするのである。彼には何の落ち度も無いものを。まるですべての罪は自分のせいであるかのように、彼は自らの立場を低く低くわきまえている。

 そんな伎の態度に、旦那は自らの無力さへの無念を抱くより無い。

「罪深き者は私です。こんな風にあなたをどこまでも苦しめてしまう。それでもきっぱり諦めてしまうことなど到底できはしない……こんなにもあなたを愛している……側にいては苦しめるだけだとわかっているのに、私と離れた方があなたには幸せであるはずなのに、離れられないのです。この手を離せない。離したくない。いつまででもこうしていたい」

 そしてその無力を抱いたまま、それでも相手を手放すことはできぬと痛いほどに思うのである。
 離れた方が彼にこれ以上の苦しみを与えずに済むだけせめてもの良い道であろうのに。それは火を見るよりも明らかなことであるというのに。このまま共にあれば身喰いにも似た関係で彼を疲弊させてゆくに違いないというのに。

 ―――愛しい小鳥を籠に囲ってしまえば、いつか小鳥は羽ばたけぬ苦しみから身を細らせて滅びるだろう。


 けれど彼は微笑んで首を振る。
「離さないでくださいませ。決して。たとえ何ごとが起ころうとも、わたくしは直江さまのお側にあることができれば幸せにござります、他のどのような幸せよりも、あなたさまと共にある痛みがわたくしには至上の喜びにございます……」
 いつか痩せ細って死んでしまうとしても、それで本望だと彼は微笑む。
 その瞳は決して嘘をついていない。鋭く胸に突き刺さるほど真摯な想いがそこにはあふれんばかりに湛えられている。
 共にあることで痛みを受けるとしても、引き離されることにくらべれば何でもない。離されたら心が潰れてしまう。

 ―――自由な空を夢見て水を失った魚は、たちまち干からびて滅びることでございましょう。



「愛している……虎、愛しています」
 彼の言葉は、瞳は、あまりにも真摯であるから、旦那にはもう何も言えぬ。
 ただ唯一の功罪の道とばかりに、愛を告げるのみ。それを越える道は無い。愛しんで、慈しんで、彼の涙ごと彼を抱きしめるよりほかに、道は無い―――。




 終

7/26
―――というわけで、これは「妓楼」の二人でした。またもや、暗いです……。