love
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LOVE * *


「はいは〜い」
チャイムが鳴らされ、キッチンにいた青年は手を止めてエプロンを外した。包丁をまな板の上に置いて、切りかけの野菜にはキッチンペーパーを被せ、火に掛けた鍋は火を小さくして、最後に手早く腰のエプロン紐をほどく。さながら主婦のような手慣れた動作である。
「宅急便です〜印鑑をお願いします」
青年の動作とほぼ同時進行で、扉の向こうの訪問者は声を張り上げた。

「お、今年も手作りだな」
届いた小包の中身については早々に見当をつけていた青年である。
彼の予想通り、小ぶりの箱に詰められていたのは、母と妹から彼に宛てたバレンタインの贈りものだった。
母からは和の味わい・抹茶トリュフ。そして、家庭科博士の妹からは、ちょうど二人分ほどの大きさのザッハトルテ。
厳重に梱包されたその二つの包みと、無類の梅干好きの彼のために母が漬けてくれた梅干瓶を取り出すと、青年は箱の中にもう一つの包みを発見して、おやと目を見張った。
新聞紙でぐるぐると包まれた謎の包みは、青年の想定外のものだ。
一体何なのだろうかと思いながら新聞紙をめくってゆくと、ころりと転がり出たものがある。
手のひらに少し余るほどの大きさのトカゲだった。素朴な木彫りに鮮やかな色彩で模様が描かれている。何か実用性のあるものか調べてみるが、どうやら置物として以外の用途は無いらしい。
「土産物か……?」
呟きながら、青年は同封されていた手紙の封を切った。
きちんと畳まれた便箋を広げるとき、ふわっと実家のにおいが漂う。それを吸い込んで、見慣れた妹の字を追う瞬間が、青年はとても好きだった。
『お兄ちゃん、元気ですか?』から始まる手紙に目を落として読み始めようとして、ふと彼は作業途中のキッチンを思い出す。
先にあちらを済ませてしまおうと決め、彼は実家からの小包をそのままに、冷蔵庫へ入れる必要のあるチョコレートだけを持ってキッチンへと戻っていった。


★ ☆ ★ ☆ ★



「いらっしゃい、高耶さん」
青年が一泊二日の用意をして恋人宅へ到着すると、扉を開けた家の主が微笑んだ。
土曜日だというのにやはり出勤していたらしい格好で、しかし自宅仕様にカッターシャツのボタンを二つほど外している三十代前半の男は、青年がありふれていない手順で恋に落ちた相手である。イギリス紳士風の礼儀正しさと穏やかさとを兼ね備え、柔らかな空気をまとったこの男は、とある大学に籍を置く地質学者だ。青年が純日本風の漆黒の髪と瞳を持つ涼しげな容貌であるのと対照的に、この男は西洋の血が入っているように見える茶色い髪と鳶色の瞳に彫りの深い顔立ちをしている。
共に整った容貌の持ち主だったが、まるでタイプの違う二人である。
「二日ぶりだな。会いたかった〜直江っ」
玄関先にも拘らず、しなやかな体で男に体当たりした青年は例えるならば黒猫で、自分よりも少しばかり小さいながら世間では長身の部類に入る男性に体当たりされてもびくともせずに抱き返した男は、気の長い大型犬のようだった。


「……それで、その極彩色のトカゲは結局、お父さんからのお土産だったんですね」
荷物を片づけて、ちょっとしたお茶の時間に持ち込んだ二人である。
青年が持参した母親手作りのチョコレートを皿の上に広げ、ザッハトルテを切り分けて、香ばしいかおりを立てるコーヒーをマグカップに注ぎ、二人はソファに並んで腰掛ける。
「そう。一年ぶりくらいになるんじゃねーかな、親父が帰ってきたの。今度はどこへ行ってたのかって、どうやら南米を回ってたらしい。トカゲはメキシコ土産だってさ」
持参品を見て器用な青年の母と妹とに目を見張った男が青年の話に相槌を打てば、相手は年上の恋人が淹れてくれたコーヒーを堪能しながら答える。
「南米ですか。熱い血の土地ですね」
抹茶トリュフを上品に食して、ほどよい甘さにあらためて作り手の腕前を思いながら相槌を打つ男である。
「そういうところが親父には合ってるんだろうよ。あの人も熱血だからな。一つ所に落ち着けないんだ。とどまっていると血が腐るんだとさ」
「ははあ、なるほど」
こちらはザッハトルテの一切れを口に放り込んで答えた青年に、男は頷いた。
目の前にいる伸びやかな青年の目を見張るような元気一杯の血筋は成る程父親譲りであるようだ、と思っていることを、黒猫に似た青年は気づいていない。

「ところで、直江、オレに言うこと無いのか?」
母と妹両方のチョコレートを堪能したところで、彼はコーヒーを喉へ流し込んですっきりすると、ふと隣に座る男に向き直る。
「は、何をですか?」
男は青年の意図を解さず、僅かに首を傾げるのみ。そんな反応にもどかしげに眉を寄せて、青年は皿の上のチョコレートを指差した。
「今日は何の日だ?」
「はい、バレンタインですね。……ああ、そうそう、私のほうでも実は買ってあるんです。少しだけなんですが」
男は青年の指差すものを見て答え、思いだしたように腰を浮かせた。
冷蔵庫にしまってあるというチョコレートを取りに立とうとするのを、慌てて引き止めるのは青年である。
「なんで直江が買ってるんだ !? 」
袖を掴んでぐいっと引き止めたものだから、男は勢いあまってバランスを崩してしまう。危うく年下の恋人を下敷きにして倒れこみそうになるのを、どうにかこうにかこらえ、
「危ない……」
と冷や汗をかいた。
「何で私がチョコレートを買ったかって、それはさすがに一人で店へ出かけたわけではありませんよ。事務の女性が買いに行くのに付き合ったので、そのときに買ったんです。すごい人込みで驚きました」
体勢を立て直してから彼がそう説明すると、青年はぐいっと眉を寄せた。
「事務の人?何で直江に付き合わせるんだ?」
どうやら嫉妬であるらしい。可愛いなぁと思いながら説明を加える男だった。
「同僚や先生方に配ろうと思っていたそうで、味見を頼まれたんです。ちょうど帰りがけに一緒になったので」
「ふぅん」
青年はその説明にいちおう頷いてはいるものの、唇が尖っている。ストレートに感情を表現するさまが可愛くてならない。
「……小鳥のようですね」
笑みを含んだ呟きと共に、男は自らの唇でその尖った場所をならした。

珍しいアプローチに驚いた青年は、二三度ついばまれるようにして離れた後も、固まったまま相手を見上げるのみだ。
普段は押せ押せの些か積極的すぎるほどの彼がこうしてぽかんと目を見開いているさまは、何ともいとおしい。

「それで?私があなたに言うことというのは、つまり、期待してもいいということ?」
この遣り取りで青年の先ほどの台詞の意図がのみこめた男である。どうやら相手がチョコレートをくれないのかと聞いてこないことに苛立っていたらしい。
「あなたも私に何か用意してくれたんですか?」
頬を手のひらで包むようにして瞳を合わせると、ようやく相手が生き返る。
「―――これ」

ポケットから取り出して差し出したのは、赤い、プレゼントの箱に掛けるリボンのような細長い布。

「これをくれるの?」
不思議なものを持ってきたものだと首を捻りつつ問うと、相手は首を振る。
リボンの両端を右手と左手それぞれに持って、差し出しながら、
「結んで。オレの首に」

何だかよくわからないままに彼の首に赤いリボンを巻いて、最後にちょうちょ結びをする。

「……それで」

じー、と見つめてくる真っ黒の瞳が悪戯を企むようにわくわくしているのを何故だろうと思いながら問うと、相手は、にっと笑った。

ふいに……その意図に気づく。
そう、このリボンはまさに包装用。



「これがプレゼント」


赤いリボンを首に巻いた黒猫が、楽しそうに笑った。




fin.

04/02/14







「fromLOVE * *」のバレンタインです。
一言で言うと、「短くても甘い」。ザッツオール。

それにしてもこの二人、まだ別居なんですね。(らぶらぶぶりはサイト1のような気がするのに。/笑)


MIDI by OKKO's note
bg image by : MidiArtClub

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