baby,baby!―――年末年始編 12/30の模様



「今年も残すところあと僅かだなぁ」
 朝食のあと、ふと壁のカレンダーに目をやった高耶がそう言うと、
「そうですね。あなたと過ごす初めてのお正月です。楽しみですね」
 食器をキッチンスペースに運ぶ途中だった直江が微笑んで振り返った。
 その微笑みにどくんと胸を高鳴らせた青年は、慌てて横を向いてから、ぼそりと呟く。
「ばか。これからずっと続くんだから、最初から張り切ってたら大変だぞ」
「いえ、ご心配なく。毎年張り切りますから」
 ばかと言われようとも全く頓着しない男は、微笑んだまま駄目出しをするのだった。
「何言ってんだか……」
「今年も、来年も、その先もずっと、三人一緒にお正月をしましょうね」
 食器を流し台に置いて戻ってきた直江が、本格的に俯いてしまった可愛い伴侶をそうっと腕の中におさめた。
「……うだうだしてたら、明が起きるぞ」
「ちょっとくらい、いいでしょう……?」

 ふにゃっととろけてしまいそうな自分を叱咤して抗議する青年を、男は柔らかく腕を締めることで黙らせる。
 しばらく、幸せな夫婦はそうしてじっと寄り添っていた。

 ―――やがてそんな二人が身を離したのは、二人を結びつけたキューピッドであるところの赤ん坊が、仲間外れにされたことを怒って泣き出したからだった。

「おう、おはよう明〜今行くからな〜」
「私は食器を洗っておきますね」
 赤ん坊の父親は瞬く間に親の顔になり、男の抱擁から抜け出す。
 男は残念そうな様子もみせず、むしろ赤ん坊が目を覚ましたことを嬉しがる表情で、こちらも腕を離した。

 これは、12月30日の朝の模様。


「今日は大掃除とお節の下準備だな。で、明日は買い出しと料理」
との言に異論もない直江は、赤ん坊を背中にくくりつけたユーモラスな格好で家の中を掃除してまわることになった。
 赤ん坊はもうしばらくで一歳になるという状況で、段々体の重みを増してきている。背中におんぶした小さな温かい体の確かな重みを、幸せな気持ちで噛み締める男だった。
「明ちゃん、いい子ですね〜。とってもおとなしくて助かります。後で思いきり遊んであげますからね」
 広い背中であぶあぶ言いながら一人で機嫌良く遊んでいる彼女を、男は愛しくてたまらないという風に揺さぶってやり、目を細める。
「直江さぁ」
 その様子を見て、複雑な顔になるのは男の伴侶であるところの青年である。
 黒豆を煮込む手を休めて男の側へ寄り、近づいてくる父親に気づいた赤ん坊が手をのばすのを、ちょいちょいと指先で遊んでやりながら、ぽつりと呟いた。
「なんですか?」
 窓ガラスをきゅっきゅと磨きながら返事をする男に、
「いや、何でもないけど」
 赤ん坊の柔らかな髪をほわほわと撫でながら、青年は言葉を濁す。
「んん、そう言われると気になりますね。どうかしたんですか?」
 男は気になったという言葉通り、声だけではなく振り向いて青年へ返事をした。
「……明と仲良しだなぁと、思って」
 青年は、小さくそんなことを呟く。
 どうやら男の背中を独占している赤ん坊に嫉妬しているらしい。
「おや、いくらなんでもこんなときにそんなことを言わなくても」
 伴侶の可愛い行動に目を細め、思わず手を伸ばそうとして、慌てて途中でやめた男は、残念そうに呟く。
「?」
「だって、掃除中の手ではあなたを抱きしめられないでしょう」
 不思議そうに顔を上げた青年は、男がひどく甘い微笑みを浮かべているのを見て、僅かに赤くなる。
「……ばか。オレだって豆煮込んでる途中なんだから、抱きしめられてる場合じゃねーよ」
 唇を尖らせ、男の腕の圏外へ逃げ出して、再び木べらを握りなおす青年だった。

 そして広いリビングダイニングには、ガラスを磨くきゅっきゅという音と、豆を煮込む甘い香りとが広がる―――

12/30
「baby,baby!」クリスマスとお正月編改め、年末年始編です。
クリスマスは……書けませんでした。すみません!
今日から、12/30、12/31、1/1、1/2の順に小さいお話をUp予定です。彼らの年末年始の模様をちょこっとだけレポート、という感じで。
それでは、また明日!