此処は時と場所の狭間
不思議の生きものが暫しの休息を得る処
さて、
今宵訪うは何方―――?
其処は、居心地のよいカフェルームでした。そう形容するのが一番よいのです。何せ、其処を時間や場所で定めることはできないのですから。
其処は、いつもそこにあるのです。
感じのよいレースのカーテンが掛けられたフランス窓の外には、星を散りばめた夜空があります。
それでいて、天井近くに設けられた小さな船窓のビー玉のような緑のガラスの外には、晴れ渡る海の色が広がっているのです。
そしてむろんのこと、店の入り口であるガラス扉に映る光景は、茜色の黄昏だというわけです。
其処は、其処なのです。
店の主はいつもどこか気に入ったテーブルについて、白いテーブルクロスの上に並べたお茶の用意に勤しんでいます。勿論、いつ何時扉が開かれても、そのポットはまさに淹れ立ての湯気を立ち上らせるのですよ。
焦がした胡桃色に光るマホガニーの椅子に腰を落ち着けたお客がホウと息をついて帽子を取った瞬間には、目の前に黄金色のお茶が差し出されているというわけなのです。
さて、このカフェルームの主について、簡単にご紹介しましょう。
お察しの通り、彼がそうです。今日のお気に入りは、暖炉の傍にある、フランス窓の外を眺められるコーナーのテーブルのようですね。そう、白いシャツに黒のスラックスとエプロンで身を固めた人型の彼は、ああやっていつも、見るたびに景色の違う外を眺めながら、ポットに片手を掛けているのです。窓は閉まっていますが、彼の柔らかい茶色の髪はもちろん微風になびいています。どうです、よほど目の肥えた方々から見ても、鑑賞に堪えうる光景でしょう?
ああ、そういえば、どうしてカフェルームなのにお茶しかないのかということをまだお話していませんでしたね。元々はカフェがメインだったのです。店主の趣味でね。実際、彼の長い指先がサイフォンを火にかけたり、そこから離したりする仕草は素晴らしく綺麗でした。
ところがどうして彼がすっかりティーポットばかりを温めるようになったのか、といいますとね。
……おや、お客が来たようです。扉の向こうが明るくなりました。そうですね、わかりやすく言えば夜明けの空のような色になります。
さて、誰でしょうね。此の頃は『小さなものたち』が立て続けに来ていましたが。(ああいった小さなものたちにはナーバス・シーズンというものがあるのです)
扉の大きさは……あまり変化しないようです。(勿論、『大きなものたち』がやってくると、あの扉はぐんと大きくなるのです。そしてむろんのこと、テーブルセットやカップも。)
さて今、扉がほとんど変化しないということは、(あの扉は通常は店主の大きさに合わせているので、)訪問者は店主と同じ人型のものだということです。なんとタイミングのよいこと。
先ほどのお話で触れようとしていたその人に違いありません。
ほら。
扉を開けて入ってきたのは、色素の薄い店主とは異なって、夜空よりも深い黒の瞳と髪をした、歳若い少年です。
「こんばんは、直江」
すっかりお馴染みになったこのカフェルームに、勝手知ったる様子で歩んでくるその人。
何だか部屋全体が明るくなったように思いませんか?
その通り。このカフェルームは店主が創り出す空間ですから。
店主の気持ち次第でどんな風にでも変わるのです。
「ムーンナイトカフェへ、ようこそ。高耶さん」
ムーンナイトに浮かぶカフェルームの店主は、彼の淹れるお茶が大好きなその人に、とびきりの笑顔で出迎えるのです―――。
ふたりのティータイムを邪魔する野暮は避けて、今日のところはこれまでといたしましょう。
今を急がなくても、
其処はいつも、其処にあるのですから。