image by NORI'sbaby,baby! ... happy dream



 それは穏やかな昼下がりのできごと。


「……おや」
 部屋で仕事をしていた男が一段落してリビングに出てくると、そこでは親子が仲良く昼寝をしていた。
 いつも変わらぬあどけない寝顔で大の字になっているのは赤ん坊。ずいぶん大きくなって、高い高いをするときの重みが増したことが男には嬉しい。
 その傍らで添い寝をしているのは若い父親。片肘を立てて寄り添った姿でこちらもすっかり寝入っている。大人びた表情をすることの多い彼も、こうしていると年相応の幼さが残っていて、男は微笑んだ。
 赤ん坊を挟んで青年の反対側に身を横たえ、飽くことなく親子の寝顔を見つめる。
 ふと、青年の唇が笑った。何かとても楽しい夢を見ているようだ。
「あぁ、幸せそうに笑って。あなたは一体どんな夢を見ているのでしょうね……」
 見つめる男も微笑みを深くした。





「……ん」
 目を覚ました青年は、身を起こすと不思議そうに周りを見渡した。
 何だかいつもと様子が違う。確かに我が家のはずなのに、どこか違和感があった。
 何が違うのだろう、と思って、ふとカーペットの色が見慣れないものであることに気づいた。よく見れば窓辺の観葉植物の鉢植えも様子が違う。こんなに大きかったろうか。いつの間にか天井に届きそうなくらい育っている。
「変だな……」
 呟いて、ふと彼は自分の寝ていた場所を見つめ直した。
 ソファに人一人分の窪みのなごりがある。
 ―――ソファ?
「茣蓙敷いて明と昼寝してたんじゃなかったっけ?何でなくなってるんだ?」
 茣蓙もなければ赤ん坊もない。いつの間にか男がベビーベッドに移動してくれたのだろうか。
「なおえ?」
 とりあえず彼に尋ねてみようと思い、奥の寝室へ行こうとして向きを変えた彼だったが、ちょうどそのとき玄関を開ける音がして、反射的に振り向いた。

「ただいま〜」
 綺麗というよりは可愛いらしいと形容すべきであろう女の子の声がして、中学生くらいの少女が入ってくる。
「――― !? 」
 青年は思わず固まった。
 少女の顔はあまりにも見慣れたものだったからだ。否、毎朝洗面所の鏡の中に見るそれの、女性版だった。
 ―――少女は青年に瓜二つというほどよく似ていたのである。

「あれ?どしたの。そんなとこで突っ立っちゃって。しかもそんなカオして、私、顔に何かついてる?」
 靴を脱いできちんと踵をそろえた少女は、石のようになっている青年を不思議そうに見て、歩いてきた。
「ねえってば。お父さん?」
 彼女が目の前に立って見上げてきても身動きができなかった青年だが、その台詞には驚愕した。
「お父さん !? 」
 叫ぶのとほぼ同時に、奥の寝室の扉が開いた。

「お帰り、明ちゃん」
 優しい……あまりにも聞き慣れた優しくて穏やかな声がした。

「 !? 」
 がばっと振り返った青年は、今度こそ本当に目を見開く。
「ただいま〜、パパ!」
 嬉しそうに駆けていって抱きついた少女を危なげなく抱き留めた大きな男は、紛れもなく……
「なおえっ !? 」
 茶色みの強い柔らかな髪、深い鳶色の瞳。日本人離れした長身と端正な顔立ちの男は、青年の伴侶だった。
 ただし、落ち着いた渋みのある四十代の男になっていたのだが。

「な、な、直江、なんで……」
 まともに言葉を紡げない状態の青年に、少女を離した男が不思議そうな顔をした。
「どうかしたんですか?変なものでも見たような顔をして。気分でも悪いの?」
「そうなの。さっきから変だよ、お父さん。他人でも見るみたいな顔して私のこと見たし。熱でもあるのかなぁ」
 心配そうに歩み寄ってきた男の後ろから、少女が言う。

「高耶さん?」
 男の大きな手のひらが青年の頬に触れた。その暖かさだけは常知るものと一分も変わらず、青年は思わず涙腺を緩めた。
「た、高耶さん!?どうしたんです突然。やっぱり熱でもあるんじゃ……」
 慌てる男の心配ぶりも、そのまま。
 肩を支えてくるのに身を任せて、青年はぎゅっと男に抱きついた。

「高耶さん、どうしたの……?」
 優しく背を抱いてくる男の体からは、慣れた甘い香りがする。それを胸一杯に吸い込んで、青年は深い安堵を覚えていた。
「直江……直江だ……」
 呟きに、男が背を撫でてきた。
「そうですよ。どうしたの。怖い夢でも見たの」
 優しくて甘い声がこめかみに触れる。
「なんでもない……」
 青年はとろけるように安らいで、広い胸に顔をうずめた。

 明も直江もここにいる。何を不安になることがあろう。
 親の欲目でもいい、とても可愛く育った娘。
 年齢を重ねてもますます男ぶりを上げている生涯の伴侶。
 二人は確かにここにいる。

「あ〜、いいなぁ二人で仲良くしちゃって。明も抱っこして、抱っこ」
 幸せを噛み締めている青年の背にやわらかい体がくっついてきた。
「十四にもなって自分のことを明って言うな。何度も言ってるだろ。この甘えっ子」
 青年はするりとそう言って、けれど愛娘をぎゅうっと抱きしめてやった。
「でもオレと直江の前だけは許す」
 そう囁いてやると、娘は背伸びして父親の首に抱きつき、喜んだ。
「わぁい、お父さん大好き〜」
 余った足をばたばたさせる様子はまだまだ子どもで、青年は笑った。

 幼く甘える娘は次に『パパ』にお姫様抱っこを所望して、年齢にかかわらぬ強い腕で抱き上げられ喜んだ。
「直江、腰大丈夫か?いくらなんでも赤ん坊を高い高いするのとは訳が違……」
 娘を下ろした彼に青年は些か心配そうな声を掛けたが、相手は笑って瞳を覗き込んできた。
「何言ってるんですか。昨日だって風呂場から寝室まであなたを運んであげたでしょう?明ちゃんなんて羽のように軽いものです」
 渋みのある男の笑みに、青年はどきっと鼓動を跳ねさせた。

 年を取ってもこんなにかっこいいなんて、反則だよ……

「あ〜お父さんまた赤くなってる。パパ、あんまりからかっちゃだめだよ。お父さん怒らせたらまた納豆ぜめになるよ」
 横合いから入った手は果たして救済のそれと呼べたものかどうか。
 青年は、ある意味―――否、かなり―――特殊な親に、すっかり慣れて育ってしまった娘を、不憫そうな面もちで見やったのだった。
 一方、男は納豆と聞いて渋い顔になっている。何か心当たりがあるような表情だ。
 また一方で、それを見て娘はけらけら笑っている。

 平和な三人家族の図。
 それがあまりにも幸せで、安心して、―――青年は安堵のためか眠くなるのを感じた。

「あれ?お父さん、やっぱり眠いの?」
「眠かったら寝ていてかまいませんよ。晩は私が何かこしらえますから」
 顔を覗き込んでくる二人に、

「うん……ありがと……ちょっと、眠い、や……」

 そう言うのがやっとで、青年の意識はふっと消えた。





「う、ん……」
 目を覚まして、青年はぼんやりと瞬いた。
「あれ?」
 目の前にあるほわほわした柔らかな髪の毛は、赤ん坊のもの。
 その向こうに見えたのは……
「目が覚めましたか。よく眠っていましたね」
「……直江」
 若い、まだ若い男だった。
 つい先頃生涯を誓い合ったばかりの伴侶。
 赤ん坊を囲んで川の字になった三人は、家族になったばかり。

「そっか……さっきのが夢か……」
 青年は呟いて、そして微笑んだ。

「幸せそうに笑っていましたよ。いい夢を見たんですね」
 優しい笑顔はきっと何年経っても変わらない。あの夢に追いついても、その先までいっても。
 きっとこの男は変わらぬ笑みで自分を見つめていてくれる。

 ―――高耶は幸せそうに微笑んだ。

「そう、とっても良い夢だったよ。あのな……」



fin.
―――HappyBirthday,Takaya ! 2003.07.23

7/23
 というわけで、高耶さんの幸せな夢でした。この夢は高耶さんへのささやかなプレゼントのようなつもりです。
 さて、中身についてですが、およそ十五年後の設定ですね。明ちゃんはやっぱりお父さんそっくりに育って、親の欲目以上に可愛い女の子になったようです。直江さんなんかめろめろでしょうね〜(笑)
 (で、高耶さんに嫉妬される、と。実の娘がライバルになるかもしれないって一体どういう状況なんだか……)
 でも明ちゃんは『お父さん』と『パパ』のらぶらぶぶりにもすっかり慣らされて、平然と混ざりにいくくらいのツワモノですv
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