「―――な、あんた」
人も疎らになった夜の街路で、照明の落ちたビルの壁に凭れて紫煙を燻らせていた男に、声をかけたものがあった。
無言でゆっくりと目を向けると、そこにいたのは二十代前半と思しき青年だった。
ワックスで固めていた前髪をぐしゃぐしゃと手櫛でかき回してほぐしたらしい、少しずつだけ束になって散っている黒髪が『オフ』らしくて面白い。
この時間にオフになるのだから、いずれ普通のサラリーマンではあるまい。身にまとう雰囲気も、そんな堅苦しさを感じさせるものではなかった。
陽気な青年なのだろう。
人と軽く戯れるのが得意な、そんな雰囲気がある。
そう……パリッとした白いシャツを来て、黒いタイを締めたギャルソンスタイルがよく似合いそうだ。
目の前の彼の服装はこれといって特徴のあるものではなかった。ゆったりしたジーンズに白いシャツ、上着は紺。
しなやかそうな手足と、きらきらした楽しそうな真っ黒の瞳が印象的だった。
その瞳が、何かを企むような悪戯な光を帯びて笑う。
「ちょっとつきあわねぇ?」
02/09/01
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