星降る夜には



聖夜の再会から一年。
時を超えて結ばれた縁はなおも堅く二人を繋いでいる。
住む所も社会的地位も違うけれど、それが妨げになることはない。
たまにしか会えなくても構わない。
それがあろうとなかろうと、時空を超えたことを思えば何でもなかった。
離れていても決して切れない絆が自分たちを繋いでいることは既に証明済みだ。
確かな温かさをこの胸は知っている。
互いを結ぶ堅い絆を心から信じている。
信じようとして信じるのではなく、自明のことなのだ。

住む場所が変わっても必ず自分の前に現れ、節目の決断を助けてくれた。
一度死んでも約束どおり自分を探し当ててくれた。
一年前の今日、あの男は降るような星の下に生身の体を持って現れたのだ。
約束を思い出して四年間、星の夜には必ずここへ来て待っていてくれたのだという。
何百という夜を、彼は自分を待って過ごしたのだ。
たまらなくなる。
涙があふれてくる。
それほどにも自分を待っていてくれたのか。
いつ会えるともわからない長い長い間を四年間も過ごして、もしそのまま一生会えずにいたとしても、彼はまた次の生で同じことをしただろう。
その次でも、さらに先も、ずっと。
巡り会うまで。出会ってもまた次には自分を探すだろう。
自分もまた同じことをするだろう。
そうして自分たちは何度でも生まれ変わり、そのたびに出会うだろう。
そう思える。何の疑いも迷いもなくそう思う。
そういう絆なのだ。
永遠に終わらない。
生まれ続ける限り続く共生。
なしには生きられない。寒くてこごえてしまう。きっと。
欠落に気づかないでぽっかりと風穴の空いた体を引きずって、いつか凍え死ぬ。
会えたことが全てで、そうでないなら無しかない。
対の存在で、つがいの獣なのだ。昼と夜があり、光と闇があるように。
片方が欠ければもう一方も消えてなくなる。自分達はそんな存在なのだろうと思う。


まるで安っぽい恋愛小説のせりふのようだけれど、一言だって嘘は言っていない。
ふざけているわけでも軽はずみな衝動でもない。
事実で唯一の真実なのだ。
それは自分だけが感じていることではなく、相手もまた同じことを思っている。
奇跡だと思う。
寒くて暗い夜に存在だけで自分を温めてくれた。
体温のない腕で抱きしめて、泣かせてくれた。泣けない自分に泣く場所を与え、言えないことを言わせてくれた。
そんな都合のよい夢はないと思いながら、すがった。
ただ一人、甘えられる相手だった。
いつもいつも、本当はあの男こそ誰かに助けを求めていたのに。
父をなくし、母は正気を失い、大きな家にただ一点の汚点として生かされ、そのうえ結局最期は兵隊に取られて戦死した。
最初の特攻として戦艦に突っ込み、撃沈させたのだ。
訃報がもたらされ、橘の家は鼻高々だったという。
あの異人の落とし種がようやく家の汚名をすすいでくれた、と。母親の分もこれできれいになった、と―――。
乾いた顔でそう話した直江をオレは抱きしめた。
涙が止まらなかった。
この最高の男が、時代が悪かったからというためにそんなふうに扱われたなんて。
今すぐ当時の橘に言ってやりたい。
直江はオレがもらうと。
そのとき、それができなかった自分が悔しくてならない。生まれてもいないのだから不可能なのは当たり前だけど、割り切れない。
直江が、直江が死んでまで守ろうとしたものは、自分の心だったんだ。
それ以上生きて傷つくのはもう沢山だと、それでわざわざ進んで死にに行ったんだ。
オレは何もできなかった。
今こうして再会できたといっても、オレにはたった一ヶ月だけどあの男には人一人の人生分の時間と重みが過ぎている。
傷ついて、休める場所も無く、ただ長い年月を経てそして、四年間オレを待ち続けた。
長い長い間、一人で耐え続けてきたのだ、直江は。

もう二度とそんな風にはなりたくない。
自分たちは何度でも生まれ変わり、そのたびに出会うだろう。
一度結ばれた絆はきっと永遠にほどけたりしない。
もう二度と、一人にはならない。させない。


―――だから、今夜はあの神社に来ている。再会の木の下。一年前のあの場所へ。





「―――今夜は誰を待っているんですか?」

くすくすという笑い声とともに、背後から腕が伸びてぐいっと抱きすくめられた。
「星が降るならお前を待ってる。雪が降るなら過去を待ってる。何も無いなら、名前も知らないお前を待ってる……」

「……そう。今夜はあのときと同じ、最高の星空ですね。―――あなたが待っていたのは私?」

「顔見せろよ……」
腕をほどかせて首をめぐらすと、顔を見る前に唇を塞がれた。

しばらく会えなかったぶんを甘く貪りあって、やがて離れた顔はほんのりと上気していた。
「ああ、直江だ……」
見上げて泣きそうな顔になった高耶に、直江は微笑みを返した。
「またここで会えてよかった。約束できずに来たから、どうかなと思っていたのですが、来てくれたんですね」
冷たくなった頬を両手で挟みこむようにしながら囁くと、高耶の顔に笑みが浮かぶ。
温かい手の上に自分の手を重ねて、彼は最高の笑顔を見せた。
「当たり前だろ。一番大切な記念日、記念の場所なんだから」


約束なんてしなくても、この日にはこの場所に来るよ。
もしお前が来なくても、オレはずっとここで待つ。
四年間お前がそうしてくれたように。今度はオレが待つよ。


あの木の下に並んで座ると、空が高くなった。
「なぁ……この先もずっとこのままこの木を見上げていられたらいいな」
「ええ、毎年ここへ来て、そのたびにまた出会いましょう」
「何度でも出会うよな。生まれ変わっても、次も、その次も、何度でも」
「約束したでしょう?私はこうしてここへ来ましたよ。
この次の命でも、その次も、ずっとずっと先でも、必ずあなたを見つける」
「そうだな。お前は生まれ変わってオレを見つけてくれた」
「何度でも出会いましょう。男になっても、女になっても、歳がどんなに離れてもかならず結ばれている。
もう既に一度証明されたことです。そして、これからも何度でも証明し続ける。そうでしょう?」
「同じことを思ってたよ。待ってる間。
のろけとか、そんなんじゃなくて、それ以上に事実なんだ。この絆は」
「そういう巡りあわせを二人で選び取ったんです。私たちは」


しんと冴え渡った夜の風が、吹く。
雲の無いびろうどの夜空には、何百万年を旅した光が静かに瞬いている。



「ああ、星が綺麗だ……」
「本当に。あのときと同じ……落ちてきそうな満天の星空ですね」

「―――また、オレをさらって行ってくれるのか?」
「ええ。星の綺麗な夜は凍みるように寒いから。傍にいないと寒くて凍えてしまう」
「じゃあ、連れてって―――」



今はまだ、全ての時間を共には過ごせないけれど。
そう遠くない未来に、その日がくる。

そんな気がした。








 .....epilogue



 ―――目を、瞑っていてくれませんか。少しの間だけでいいから。

 左手を取られて、指に温かな唇を感じた。
 口の中に含まれて、それでも目を開けずにいると、今度は何か別のヒヤリとした感触に気づく。
 歯がそれを指の根元まで押し進めた。


 わかった。



 ―――はずかしい嵌め方、するなよな……




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